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August 21, 2005

平成17年8月15日 靖国を振り返る

私にとって始めての靖国参拝であった。私の場合は、国のために戦い命を落とした方々を同じ日本人として追悼したいという思いで参拝した。

それから数日経った今、行って良かったと心から思う。

私が到着したのは午前10時半。九段下の駅から既に大勢の方々が靖国へと向かっていた。ご年配の方々に混じって若い人々も多数見かける。ネットの影響?どういう動機でここに来たのか確かめて見たい気がした。

参道は参拝の順番を待つ人々でびっしりと埋まっていた。頭上には恐らくマスコミの取材と思われるヘリがバラバラと音を立て、参道の人々の寡黙さと相容れない異質なコントラストを示していた。

猛暑の中、汗だくになりながら、この苦行のような参拝待ちの行列のことを考えた。

「どうしてこんな思いをして多くの人々が参拝するのか?」

その答えは参拝後に知り合った木村昭二さんという遺骨収集をされているオジさんとの立ち話で、何となく見えたような気がした。

木村さんは未だにサイパンに眠る同僚百数十人を全員帰還させることがご自身の天命とおっしゃった。今まで何度もサイパンなどの遺骨収集に参加されているという。

私は今まで何となく「戦前」「戦後」と時代を分けて考えていた。現代日本は戦後にゼロからやり直し、戦前とはマルっきり別の国であるところの今の日本を作り上げたのだ、と思っていた。終戦によって日本はリセットされたのだ、と思っていた。

しかし、この日、靖国に汗だくで参拝する大勢の人々を見、そして木村さんの話を聞き、そうではないのだ、ということがオボロゲながら分かってきた。

敗戦の現実、非業の死を遂げた多くの兵士、そして一般市民。その現実をリセットすることなど出来る訳が無いのだ。「終戦」で日本の歴史を分断する意味の無さを初めて感じた。

(参考)慟哭の島その真実 マリアナ諸島 サイパン・テニアン島 戦没者遺骨収集写真集

未だに海外に眠る英霊は日本の史実である。それは歴史でもあり現実でもある。靖国の英霊も同じだ。彼らは日本の為に戦い命を落とした。一柱一柱、死に至るまで壮絶な個々の物語があり、それらは日本の歴史であり現実なのだ。

木村さんは未だにサイパンに残る同僚は「国にも国民にも世界にも見捨てられた」と仰った。この言葉は私の胸に刺さった。「終戦で全てリセット」。私自身のこういう気持ちを見透かされた気がしたからだ。

未だに日本に帰還できずに海外の海の底、あるいは山の中で眠る英霊を思う時、祖国の為たれと思い亡くなっていった多くの英霊、巻き込まれた多くの市民を思う時、日本の歴史は切れ目の無い一続きの歴史であり決してリセットなど出来ないのだと理解すればこそ、日本が負った傷がどれほど深刻で重篤なものであったか身に迫って感じられるのだ。

だから苦行のような暑さの中、何十分も行列に並んででも靖国に多くの人々が参拝するのだと思う。祖国が負った傷が深ければ深いほど、それを癒したいという思いは強くなるからに他ならない。

祖国の傷を悼むことが出来て初めて他国の傷も理解できるのだ。日本を一方的に加害者扱いし他国に謝れという人は、真に他国の思いなど理解できないに違いない。

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