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August 30, 2005

考察!猫のしっぽ

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(1枚目の写真)ウチに保護された4匹(生後1ヶ月頃)。
左から『ゆず』 『だいふく』 『万穂(今は私の友人がママになっている)』 『茶ミ』。

昨日、郁美さんからコメント頂いた猫のしっぽの件についての考察・・・って大げさ~(* ̄∇ ̄*)

郁美さんちの白猫『ゆず』は、実はウチで保護した子猫の1匹で、生後2ヶ月頃に郁美さんが里親になってくださった猫。

(ご興味のあるむきは旧拾い猫日記を参考にされたし。ただし猫の名前は幼名表記(里子に出す事を考えて仮につけた名前)になってまつ。)cat_0508_305

(2枚目の写真)生後1ヵ月半頃。離乳食に切り替えたばかり。左から『万穂』 『茶ミ』 『だいふく』 『ゆず』。

、で無事に育った4匹はいずれも”ジャパニーズボブテイル(純粋種)”(ウチのはおそらく雑種です、念のため)ばりに短いしっぽなのだが、特に『ゆず』と『万穂』は、触っても皮の下に骨がない究極の”ボブテイル(ウサギのしっぽ)”だったと記憶している。cat_0508_302

残りの2匹(現在我が家の家族)はというと、、、

←茶ミのしっぽはこんな感じ。

長さ7cmほど。NOMOのトルネードもまっツ青なくらいねじれてまつ。

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で、だいふくのしっぽはというと、茶ミより若干短めの5cm。短い分わかりづらいけどシッカリねじれている。

そもそも日本で短尾猫が増えたのは、、

(説1)江戸時代後期に「長尾の猫は化ける」という俗説(猫股伝説)のせいで長尾猫が忌み嫌われ突然変異の短尾猫を好んで繁殖したから、という説と、

(説2)東南アジア猫に短尾・尾曲がりが多いことから江戸時代に東南アジアから流入した、という説がある。

後述「シッポにゃん」さんでは、両説ともに事実であろう、と推察している。

今現在は長尾と短尾は日本では半々ぐらいの確率でいるそうな。ウチの猫は短い上に曲がってるから、おそらく東南アジアの遺伝子をちょっとは持ってんのかな~

『猫の不完全な飼い方』によると

尻尾の長短、尻尾の曲がり具合を決める遺伝子は一つではなく、複数の遺伝子がかかわっていると考えられている。たとえば尻尾の短い日本猫と、長い猫をかけると、いろんなタイプの尻尾の子供が生まれる。きりっとした短い尻尾になることはまれで、中ぐらいの長さの尻尾や、長いけれども先端が曲がった尻尾、ジグザグに曲がった尻尾の子供などができる。

『ゆず』『万穂』がきりっとした超短尾、うちの2匹は普通の尾曲がり短尾。
長尾系が皆無、っつーことは・・・うちの猫兄弟の両親は短尾系だったんだね。

・・・しかし、猫の尻尾ってバリエーション豊富でおもろいな~♪

(参考)
『シッポにゃん』日本猫の長尾・短尾
『猫の不完全な飼い方』 城崎哲著

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August 29, 2005

土浦海軍予科練の話

cat_0508_29 ←茶ミ「どんな逆境でも日本人らしさは忘れないようにしたいニャリ」

終戦60周年ということで戦争関連の記事が新聞をにぎわせているが、産経新聞茨城版で下記記事を見つけた。

【幻の予科練秘話】(上)台湾と朝鮮半島の混合分隊 8月12日茨城版
【幻の予科練秘話】(中)終戦、そして耐乏生活 8月13日茨城版
【幻の予科練秘話】(下)消え行く当時の面影 8月15日茨城版

台湾と朝鮮半島からの海軍特別志願兵(海軍特別丙種飛行予科練習生)約100名からなる「土浦海軍航空隊 第109分隊」のお話。

(上)台湾と朝鮮半島の混合部隊 より引用

当時の指導教員で班長の●木(かぶらぎ)さんは「生活環境や民族意識の異なる隊員たちを合わせて訓練することは、非常に気苦労が多かった」と振り返った。
 そんな状況下、かぶらぎさんらは厳しい中にも思いやりの精神を持って、誠実に接したという。
 「上からの命令もあったが、朝鮮人、台湾人と差別感を持っての呼称は絶対使わないようにした。自分の弟たちの面倒をみるように接したと今でも自負している」

(中)終戦、そして耐乏生活 より引用

 下関駅で別れる際、鎮海出身隊員の代表から「今迄色々ト有難ウ御座居マシタ。同封ノ金額ハ我々ノ寸志デス。旅館代ニデモシテ下サイ。我等ハ男デス一死以テ東亜開放ノ為ニ奮闘致ス覚悟デアリマス。御健康ヲオ祈リ致シマス」(原文のまま)と書かれたメモと少額の現金を手渡された。

終戦間際の、しかも米軍による土浦海軍空爆直後の大変な時期である。にもかかわらず台湾や朝鮮から来た若者を気遣い、世話をし、心の交流を果たしたかぶらぎ氏の話を知るにつけ、戦争の悲惨さの傍にも人間同士の温かい交流は当たり前のようにあったのだ、という事に気付かされる。

出身が何処であれ分け隔てなく接しようとする「正義感」や「誠実さ」、そして下の者を親身に世話する「責任感」や「情」は、日本人の「あるべき姿」として常に心がけたいと思うし、また、現在の日本人よりは戦前戦中の日本人のほうが、はるかにそういう高い志を持っていたと思う。

そしてもう一つ思うことは、こういう話も戦争の一面として一つ一つ積み上げていって、日本人のバランスを失ったアレルギー的ともいえる今の歴史観をただしていく機運になればと思う。

≪用語解説≫
◆海軍特別志願兵・・・昭和18年8月 朝鮮と台湾に施行。年齢16年以上21年未満の者から徴集し採用し、兵種は水兵、整備兵、機関兵、工作兵、衛生兵、主計兵とし所管警備府司令長官が兵種を決定した。現役は3年、予備役は12年、予備役を終わり年齢45年に満つる年の3月31日まで第1国民兵に服した。なお朝鮮の志願兵・18歳以上は、第1回の募集400名に対して3000名が志願し、志願者は逐次増加した。
 (参考)大東亜戦争研究室

◆丙種飛行予科練習生・・・海軍内部の一般下士官兵の中から飛行科を志願し、選抜された者
  (参考)予科練記念館

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August 28, 2005

ホンジュラスって?

小泉首相の肖像入り硬貨発行へ=ホンジュラスが国交樹立70周年で 2005年 8月26日 (金) 15:17 (キャッシュ

 中米のホンジュラスで小泉純一郎首相の肖像入り記念硬貨が発行されることが26日、明らかになった。ホンジュラス政府が日本との外交関係樹立70周年を記念して作成するもので、12月6日にホンジュラスの日本大使館で開かれる天皇誕生日レセプションでお披露目される予定。  首相の肖像は硬貨の裏面に刻まれ、硬貨の値段は300から1000レンピーラ(日本円で約1760円から5720円)の間になる方向。政府関係者によると、海外で日本の政治家の肖像入りの硬貨が発行されるのは珍しいという。

へぇ~~~・・・ で、ホンジュラスって何処よ?

調べてみました。。。

ホンジュラス(Republic of Honduras)は中米にあり、対外債務および貿易赤字に悩む国。日本とは伝統的に友好関係にあり、日本から有償無償で援助を行っている。(基本知識はこちらから

≪年表≫

1935年2月  外交関係樹立。堀義貴駐メキシコ日本公使が中米5カ国の特命全権公使に任命
1953年10月 外交関係再開
1967年    相互に大使館開設
1971年    我が方大使館実館設置
1998年    ハリケーン災害の人道援助のため、日本は国際緊急援助隊として初めて自衛隊の医療部隊を派遣。約4千人の診察と約3.3万平米の防疫を行った。
2000年~2002年
        日本の無償資金協力(総額22.33億円)によって新たな橋を建設
2005年    「日・中米交流年」で様々なイベント


ホンジュラスは基本的に国交樹立からずっと親日国家で、柔道も盛んに行われている様子。

←そして日本関係の記念切手は、1998年に災害で流出し日本の援助で再建された橋(年表参照)が純ちゃんに先駆けて切手になっている。

親日国家のニュースって日本のマスゴミは取り上げたがらないけど、こういう親日国こそ日本は大事にしなきゃ!

マスコミはもっと大きく取り上げるべき。

グッドタイミングなことに9月7日にホンジュラス代表とサッカー親善試合が宮城スタジアムで開催される。

W杯最終予選での妙チクリンな北朝鮮マンセー報道の10分の一でもいいからホンジュラスを取り上げてみろっ!>日本のマスコミ

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