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November 25, 2005

だいふく近影

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お腹をさすると鳴きます。

だいふく『ニャ~』

摩訶不思議なり!(笑)

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社会のお荷物にならない方法

『断』 フリーターと階級意識 (産経新聞 朝刊 25日)
 『下流社会 新たな階層集団の出現』(三浦展著、光文社新書)という本がベストセラーになっている。これほどまでに身も蓋も無く新階層社会を描いてしまった本は、意外にも今まであまり存在していなかった。
 たしかに一九九〇年代このかた、日本には大量のフリーターが出現した。平均年収一七〇万円という。高年齢化もささやかれていて、匿名掲示板「2ちゃんねる」あたりを見ていると、四十歳代のフリーターが将来を悲観していたり、五十歳近い引きこもり男性が「どうやって社会に出て行けばいいのか」と掲示板上で相談していたりと、かなり悲惨な実態がかいま見えてしまう。
 それでもまだ彼らの存在が社会問題化していないのは、六十歳から七十歳前後になる彼らの親世代が持ち家を所有し、たっぷりと貯金を持っているからだ。フリーターたちはパラサイトシングルとして親に寄生し、少ない収入を小遣いに使う事だって許されているケースもある。将来に対する漠とした不安はあるけれども、まだ顕在化はしていない。
 しかしいずれは親の寿命もやってくるし、かれらがひとりで社会に立ち向かわなければならない日がやってくる。先延ばしにされつづけていた問題は噴出し、そうなればひょっとしたらフリーターやニートたちは二十一世紀的な階級意識を持つようになり、フランスのような暴動に走ることだってあり得るかもしれない。
 珍発言の数々で有名になっってしまった杉村太蔵衆議院議員は「ニートやフリーターの声を国会に伝えたい」と言っている。もし杉村議員がそうした階層の真の代弁者となれば、興味深い状況も生まれてくると思うのだが。
(ジャーナリスト 佐々木俊尚)

下流社会 新たな階層集団の出現』という本は、

(amazonのレビューより)出版社 / 著者からの内容紹介
「いつかはクラウン」から「毎日100円ショップ」の時代へ 
もはや「中流」ではない。「下流」なのだ

「下流」とは、単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低いのである。その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。そして彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。その方が楽だからだ。(「はじめに」より)
「下流社会」とは具体的にどんな社会で、若い世代の価値観、生活、消費は今どう変わりつつあるのか。マーケティング・アナリストである著者が豊富なデータを元に書き上げた、階層問題における初の消費社会論。

***
ってな内容らしい。
下層階級の分類をいろんな角度から試行るのもオモロイかもしれないし興味もあるっちゃあるけど、でも、ニートやフリーターが下層階級であることは自明の理だし、そのニート・フリーター対策の提言はこの本にはなさそうなので、おそらく買ってまでは読まないだろーな。。。

ま、それはどっちでもいいけど、私が絶対に無視できない現実が上記『断』の佐々木さんの記事の中にある。

>それでもまだ彼らの存在が社会問題化していないのは、六十歳から七十歳前後になる彼らの親世代が持ち家を所有し、たっぷりと貯金を持っているからだ。

私の親(60歳代)の生活は一般的な生活水準であるが、私は確実に親より裕福でない

私の近しい親戚知人を思い巡らしてみても、私の親と同じ世代は、

持ち家を持ち、
子供の結婚式(私は親に出してもらった)、
はたまた子供の百万程度の借金の肩代わりが可能な貯蓄は持っていて(これは私じゃないよ)、
現役をリタイヤした今も贅沢さえしなければお金の心配をせずに過ごせる貯蓄もある。

私の親は高卒後、地方の中小企業の経営者であり(経営状況は厳しい)、今は息子に経営の引継ぎ中だ。私の配偶者のの父親は高卒後から定年までずっと一企業を勤め上げ、今は嘱託社員として働いている。
これが親の世代の一般的な生き方であり、その結果の今の生活水準であろうと思う。

方や、私の家庭はというと、、、
私は20代後半から30代にかけて〝自分の生きる理想〟を追い求めてスクールとフリーター稼業に勤しんだ。その期間に会社員時代に貯めた貯蓄は底をついた。
に至っては今でこそ会社員だが、社会人の期間のうちのほとんどがフリーターだ。

親の歳と同じ頃に、はたして私(というより私の家庭)は親たちと同等の資産を持っているかどうか???
これ、結構自信ない

、が、自信ないとか逃げてちゃイカンのだ。
子供が年老いてからも生活に難儀しているなんてことを想像するだけでも親はホントに辛いだろうから。。。そんな心配をさせたら親に申し訳ないし、私自身、老後にお金で苦労したくはない。

私ら夫婦は〝自分らしい生き方〟探求の結果、結局は『下流階層』になったのかもしれない。が、老後にお金の心配をしないだけの資産を作るべく努力する時間もまだあると思う。

今までの自分の選択の結果はキッチリと自分で責任を取らねばならない。

まずは『下層階級』なりの冷静な自己の現状分析と計画立案、そして実行が大事だろう。

老後に夫婦で普通に生活するには月々25~30万円は必要なのだそうだ。前のエントリで自分達の年金を試算したら月々20万円。年金以外で月々5~10万必要だということになる。

私らの場合、年収にすると年金以外で60万~120万円が老後に必要。

65歳から80歳まで生きるとして年金以外で2000万円あればよさそうだ。

今後、子供ができたら資産作りは大変かもしれないけど、あと20年弱、単純計算で年間100万の貯蓄。努力次第でできないことは無い。かなりな努力が必要ですが。。。(泣)

私らでも努力すれば出来そうなんだから、ニート・フリーター諸君が〝社会のお荷物〟として顕著化する前に(ぶっちゃけて言えば彼らの親が死ぬ前に)彼ら自身の努力で名誉回復はまだまだ可能だという気がする。

ただし、彼らが自分の選択に責任をとる気があれば、の話だが。。。

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November 23, 2005

チロヌップのきつねを胸に・・・

北方領土解決 「最後の機会逃した」
露報道 経済に主眼
(産経新聞 23日朝刊)ネットソース無し

【モスクワ=内藤泰朗】ロシアでは、プーチン大統領の訪日がエネルギーを中心とした経済優先の日露関係発展の道を開いたとする内容の報道が目立った。北方領土問題に関しては「過去の遺産となった」(有力日刊紙、独立新聞)といった論評に、政治・経済両面を同時に進展させる対露戦略をとってきた日本が領土問題の解決が停滞しても経済関係を進展させる姿勢に転じたと、ロシア側が受け止めていることが浮き彫りになっている。
 プーチン政権が絶大な影響力を持つ国営第一チャンネルは二十一日、大統領の訪日の模様を終日トップで伝え。今後は経済面を優先させるという「日露関係の基本的な発展の方向が定まった」といった見方を報じた。親政権派の有力日刊紙イズベスチヤも「まずは天然ガス。島は未来に」との見出しで、大統領訪日の中心テーマがあくまでエネルギー強力を中心とした経済であり、領土問題は遠い未来に先送りされたと強調した。
 領土問題については、ロシアのNTVが「日本は何らかの結果を出す最後の機会を逃した。ロシアは領土問題で妥協しないとの姿勢を強めつつあり、日本の返還要求は意味を失いつつある」と報じた。
 また、大衆紙コムソモルスカヤ・プラウダも「日本は、政治的な関係が悪い中国に多額の投資をしており、北方領土問題が解決すれば、日本からロシアに投資の雨が降るというのは日本側の甘言にすぎない」と論評。大統領に同行したルシコフ・モスクワ市長も「(日本との)平和条約がなくても死ぬことはない」と述べた。
 一方、大統領の訪日に合わせて実施されたロシアの最新世論調査では、73%が北方領土の返還に反対で、賛成したのは2%に過ぎなかった。

>「日本は、政治的な関係が悪い中国に多額の投資をしており、北方領土問題が解決すれば、日本からロシアに投資の雨が降るというのは日本側の甘言にすぎない」と論評。

ほら、これだ。
外交ではもちろん、場合によっては経済でも対処しますぜっ!
という毅然とした対応をしてこなかった日本の特定アジア顔色伺い外交のツケが回ってきたようだ。

政冷経熱

とか言っちゃって、仲良しのふりをしてたら、

日本は政治で譲歩しあわなくっても経済を後押ししてくれる(チョロイ)国なんだ~

という謝ったシグナルをロシアに与えてしまったようですな。

今、ロシアでは中韓を見習って反日愛国プロパガンダ教育を推進中だ。
ロシアが特定アジアを見習う前に、特定アジアに毅然とした態度で接して、

歴史問題で日本を責めても何の特にもなりませんぜ、ダンナ。

というメッセージを早くから発するべきだった。日本の失われた10年はなにも経済だけの話ではない。外交上も失われた10年を取り戻すのにえらい苦労をするはめになってしまった。

日本はロシアに対して、もっとズバズバ言うべきだ。

日ソ不可侵条約を一方的にホゴにして日本に攻め入ったことや、
満州の邦人にひでぇ仕打ちをしたことや、
シベリア抑留のこと、、、

それとも中韓みたいに〝反日暴動〟を起こされないと目が醒めないのかしら?
早めに手を打っとかないと特定アジアが

中国・韓国・北朝鮮

から

中国・韓国・北朝鮮・ロシア

に増えちゃうぞ!

ところでわたしが小学校高学年の時に読んだ

『チロヌップのきつね』

という童話。

チロヌップとは千島列島の『ウルップ島』のことで戦前は日本の領土だっが今はロシア領となっている。

チロヌップという島できつねと仲良く暮らしていた老夫婦が戦争が激しくなったため島から避難する。残されたきつねには子がいて、運悪く外国人(明らかにロシア人)の仕掛けたきつねとりの罠にかかってしまう。。。というような悲話。。。あらすじだけでも書いてると泣けてくる。

この話、今は反戦童話としてサヨクに利用されているようだが、作者の意図は違う。

(参考)『愛・蔵太のきままな日記』さん

さらに、「わたしが思っていることはせんそうがなかったら、きつねたちはころされていなかったのにということです」というのも間違った感想でしょう。戦争がなかったら、キツネたちはロシア人の密猟者によって毛皮にされていたと思います。戦争がはじまって、兵士がその島に留まり、密猟者がワナにかかったキツネを回収することができなくなったため、「子狐の小さな白骨体」が高橋宏幸さんに見つかったんじゃないでしょうか。兵士がキツネワナを仕掛けたのなら、その仕掛けた場所も把握できていたはずで、そんなに長い間ワナにかかったままになることもなかったはずです。著者の高橋さんの「どこへも向けようのない怒り」というのは、俺の考えではやはり「ほろびゆく自然、ほろびゆく動物達」に対する人間の業を見せつけられたことによって生まれた「怒り」なんじゃないでしょうか。

この物語を反戦教育の流れとして読ませ、「もし、日本がせんそうをしはじめたらこわいのでいやです」というような素朴な感想を小学生に持たせるのが正しい読みかた(読ませかた)だとは、俺にはあまり思えませんでした。低レベルの感想としてはむしろ「わたしが思っていることはロシアの人がその島にいかなかったら、きつねたちはころされていなかったのにということです」のほうが正しいかもしれないですね。ロシア人が嫌な奴というのは、チロヌップを舞台にした高橋宏幸さんの他の2作品、『チロヌップの子 さくら』と『チロヌップのにじ』には共通のテーマです。

『高橋宏幸さん』とは『チロヌップのきつね』の作者。

私もこの本を読んで幼いながら「この人たち(挿絵のロシア人)ってずるい!」と怒りに身を震わせたものだ。チロヌップのきつねの親子が哀れで、、、おじいさんやおばあさんが気の毒で、どうしてここの生活をソッとしておいてあげないんだろう?と涙ながらに思ったものだ。作者の意図は、やはりこういう不条理感と嫌露感だと思う。

・・・今でも思い出すと泣けてくる・・・

チロヌップ(ウルップ島)は北方領土の4島ではないし、もはや日本に戻ってくる事は無いだろう。
でもそこには日本人の自然と調和した生活が確かにあった。
それを都合よく忘れてしまって北方領土問題そっちのけで〝政冷経熱〟なんて、なんか納得いかない。

私は今後、ロシア外交報道は『チロヌップのきつね!』と一言唱えてから見たり読んだりすることにした。
頑固とか偏屈とか言われたってかまうもんかっっっっっ!

【2005.11.24 add】
◆『1喝たぬき』さん 「北方領土進展なし」へTB
そもそも千島列島の中の4島に返還交渉を限定したのは日本の外務省だった?!許せん、、、外務省・・・そして、北方領土返還に対して問題意識が薄かった私自身に対しても。

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November 20, 2005

絶好調♪黒田記者と元戦犯の方への思い

このエントリを書いてて気付いたのだが、『くっくり』さんのエントリーと取り上げた記事がモロ同じ!
くっくりさんのまねっこしたみたい・・・あーあ・・・もっと早くにUPしときゃよかった(笑)と冗談はさておき、今日はちょっと自分の思いを綴りたいな・・・っと。

韓国 つかず離れず選択外交
 小泉純一郎首相の靖国神社参拝への強い反発から一時は「不発か?」とされたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の舞台での日韓首脳会談はとりあえず開催にこぎつけた。韓国側としては怒りのコブシを振り上げてはみたものの、結局、国際的非常識はやれなかったようだ。ただ米国、中国、ロシアなど主要国との個別首脳会談の中では最も短い時間だった。相変わらず日本に対する“強気”ないし“強がり”が垣間見える。

 盧武鉉政権は首相の靖国参拝後、対日外交を「必須不可欠の外交」と「選択的な外交」に分け、時によっては後者の立場で日本との外交的接触は拒否するという方針を発表している。今回は前者として首相に会った。次の年末の定例首脳会談はどうか。おそらく行われるだろう。定例外交は中断すると再開が難しい。

 やるときは「日本側に韓国の考え方を粘り強く伝えるには出会いは必須」といえばいいのだ。今回の会談時間が短かったのは次回への含みがあるのかもしれない。

 ところで盧武鉉大統領は小泉首相にあらためて靖国・歴史教育・独島(竹島)の“反日三点セット”で韓国側の主張を受け入れるよう要求した。このうち韓国では近年、靖国問題で日本に対する外交的反発が目立つ。なぜか。

 韓国は日本と戦争をしたわけでもなく、いわゆるA級戦犯問題も韓国は対日戦勝の連合国ではなかったため直接的には関係ない。韓国内でも「戦犯問題は植民地支配とは直結していないため韓国は中国に比べ靖国問題では発言権は落ちる」(韓国日報社説)といった正確な指摘も一部にはある。

 しかし時の経過で過去の時代の実際体験が遠くなり、しかも歴史教育やマスコミなどを通じ「日本支配と果敢に戦った」という抵抗史観一色で育った世代が増えるにつれ、韓国では自らを日本を裁いた連合国の立場に置こうとする考えが広がっている。そこから「日本に支配・統治されたが日本とは一緒ではなかったんだ」と思い込もうとして、逆に軍国主義日本糾弾の意味で靖国問題にこだわるのだ。

 それに盧政権の対日強硬外交の背景には、国力増大による過剰気味ともいえる民族的自信感がある。これまでの韓国の政権は日本に対する恐れや遠慮からくる卑屈な低姿勢外交だったとみる。そこで韓国が日本に対して貫けなかったとする歴史がらみの要求について、ことあるごとに日本に対し強硬に要求し主張をぶつけようとする。そこには当然、そうした“堂々たる”対日強硬外交を政権の業績として歴史に残したいという欲もある。

 盧政権は「自主外交」の名で韓国を「東アジアの均衡者の役割」に位置付けようとしている。これは相対的には日米のワクから出るという方向である。対日外交もその一環であり、今後は日本に対しては近づいたり離れたり「選択的」に対応するというのだ。日本もそれに対応した付き合いにならざるをえない。(釜山 黒田勝弘)

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> しかし時の経過で過去の時代の実際体験が遠くなり、しかも歴史教育やマスコミなどを通じ「日本支配と果敢に戦った」という抵抗史観一色で育った世代が増えるにつれ、韓国では自らを日本を裁いた連合国の立場に置こうとする考えが広がっている。そこから「日本に支配・統治されたが日本とは一緒ではなかったんだ」と思い込もうとして、逆に軍国主義日本糾弾の意味で靖国問題にこだわるのだ。

靖国と韓国は関係ないのになんで韓国が騒ぐのか良く分からなかったが、なるほどつまりこういうことか!
黒田さん、解説ありがと~♪相変わらず「アジア外交(実際は対中対韓外交)がここまで悪化したのは小泉靖国参拝のせい」とか言ってる思考停止ヤロウに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいね。
しかし、韓国国内で自分史観を勝手に作り上げて、それを盲信したあげく他国に迷惑かけてもらいたくないよ。日本にとってみたら、とんだトバッチリだしお騒がせもいいとこ。

韓国の本音、つまり自分達を連合国側、戦勝国側に置きたいという魂胆、私は日本国内の元A級戦犯を糾弾する人々と根底は同じだという気がしている。

つまり、

自分達が悪いんじゃない、
悪いのは元A級戦犯で、
そいつらが指導者だった当時の日本が悪いんだ、
当時の日本と今の日本は別なんだ、
当時の日本を糾弾している私らは正義なんだ、

みたいな思考。
ほんと、ずるいよ、そういうの。
私は許せない。

A級戦犯として裁かれた人々はいわゆる当時の政府の首脳陣だ。
当時の首脳陣がどういう心情でいたのか?
今日の産経新聞に東京裁判の弁護人であった故沢邦夫氏の手記が紹介された。

「自分の弁護はいらない。日本を弁護してくれ。」

これは東京裁判でA級戦犯として終身刑を受けた平沼騏一郎氏が沢氏に語った言葉だ。
東京裁判は戦勝国側が一方的に敗者を裁いた不当裁判であることは、もはや世界的な常識であるが、裁判の不当さの背後には欧米諸国の有色人種差別も少なからずあった。
そんな勝者であり差別者である側の開く法廷に、敗者であり被差別者である側が引っ張り出されるのだ。しかも勝者は差別対象である黄色人種に戦争で酷い被害を被っている。恨み上等。正に人身御供とはこのこと。

東京裁判では日本の戦争責任について正しく裁かれたとは言えない。これだけの甚大な被害を出した理由を真摯に追求した裁判ではない。ただ、日本の指導者の誰かをを処す必要が連合国にあっただけの話だ。

そんな中で誰かが日本を弁明しなければならなかった。日本が自分勝手な一方的な理由で戦争したんじゃないって事を(暖簾に腕押しかもしれないが)誰かが主張せねばならなかった。その結果たとえ自分が死刑になろうとも。

日本は戦争で多くの尊い命を失った。無謀で馬鹿げた軍事作戦もあった。
当時の日本の指導者の多くは、恐らくは自分達の責任の重大さを自身で分かっていたのではないかと思う。

敗戦直後に責任をとって自害した人も多く居る。大西滝治郎中将のように戦死者に報いようとあえて悲惨な自害方法を選び死んでいった人さえいる。

そんな中、自害せず生きてA級戦犯となった人は、東京裁判という法廷で負けると知りつつ戦後も戦わざるを得なかったのではなかったか。戦死していった多くの国民のことを思えば、たとえ法廷が針のムシロであろうとも、そこで日本の弁明をする責任を感じていたのではなかったか。

日本は敗戦の総括を出来ないまま(実際問題として敗戦直後の占領下で日本独自に総括なんて無理)60年たってしまった。今更当時のことを誰が悪いとか何が間違えてたとか、真の東京裁判みたいなことをやったって、多くの当事者は亡くなっており改めて総括は不可能だろう。ただ東京裁判とサンフランシスコ条約11条の不条理を噛締めて今後も淡々と国を維持していくしかない。

A級戦犯が悪いのどーのこーのと言うのではなく、彼らも不条理の犠牲者なのだと考えて今後も淡々と靖国へお祀りすればいいのだ。だって日本は独自で敗戦の総括をすることを放棄して今までやってきたのだから。それを今になって元A級戦犯の方々に全責任を押し付けるのは汚いよ。。。

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