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December 31, 2005

犯人は誰?

あまりに残酷な出来事が自分の身に降りかかるとは・・・(泣)

なんと、Tから貰った結婚指輪と婚約指輪とクロムハーツ、全てゴミと一緒に出しちゃったかも・・・。

ちいさなリング収納BOXにまとめて入れドレッサーの上に置いておいたのに、無い!全ての床、玄関の靴箱の下まではいつくばって探しても、

無い!

あーあ・・・総額●十万円。。。がっくし。。。

ドレッサーの間近に設置されたクズ箱が怪しい・・・憎らしい・・・恨めしい・・・。

しかし、ドレッサーから普通に落下してもクズ箱には入らない。せいぜい床にポトリと落っこちるのが精一杯。
じゃあ、誰がクズ箱なんかに落としたの?

その謎を解くいくつかの証言をご紹介しよう。

≪証言1≫主婦Kさん
「夜中に目を覚ますと、小動物にしては少し大きめなホルスタイン柄の背中がドレッサーの上に載ってるのを何度も見ましたよ。翌朝、ドレッサーの辺りを見てみると大抵は化粧品や小物なんかが床に落ちてますね。ヘアーゴムなんか今までに何本もなくなってるんですよ。ドレッサーの上で小物をホッケーして遊ぶんですよ。床にすっ飛ばした後は今度は寝室中を駆けずり回って大ホッケー大会をやるんですよ。うるさくって夜中に何度も目が覚めるんです。いい迷惑ですよ。でも、夜中にひとの化粧道具をいじるなんて女装癖でもあるのかしら?変人よね。」

(写真)ホルスタイン柄のDさん(男性 2歳)
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≪証言2≫主婦Kさん
「三毛は性格がキツイって話しがありますけど、それって本当ですね。遊びでもすぐムキになるんですよ。すぐ熱くなっちゃって何度も引っかかれましたよ。ミミズ腫れになって痛いのなんのって。毛を逆立てて家中走り回るんですよ、もう人の体の上だろうが、食べ物の上だろうがお構いなし。それに合わせて色んなものが飛び散りますね。ドレッサーの上なんか格好のお立ち台ですよ。興奮して化粧品をなぎ倒すのが快感なんでしょうね。女は怖いですよ。」

(写真)三毛のCさん(女性 2歳)
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だいたい犯人はメボシがついてるが、ホシを挙げたからって指輪が戻ってくるわけじゃない。。。だいたい、大事な指輪は引出しの中に入れときゃ、こんな事にはならいんだし。

あーあ、とんだ年末。。。

こんな間抜けなkitsにお付き合いいただきありがとうございました。
まだまだ未熟者ですが長い目で見ていただきたく、また来年もよろしくお願い申し上げます。
来年は6日頃に再開の予定です。

皆様、良いお年をお迎えください。

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December 29, 2005

さよなら、そしてアリガト

この報道も是非ともエントリーにせにゃならんでしょ。

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扶桑社教科書の不採択運動 中核派、深く関与

 新しい歴史教科書をつくる会のメンバーらが執筆した扶桑社の中学歴史・公民教科書の不採択運動で、過激派の中核派が市民運動を偽装して深く関与していたことが、警察庁と公安調査庁がそれぞれ公表した今年の「治安の回顧と展望」「内外情勢の回顧と展望」で分かった。

 警察庁は、扶桑社教科書採択阻止について、中核派が(1)イラク問題(2)「日の丸・君が代」問題(3)東京都議選-の「三大闘争」と同等に重視したと分析。「『つくる会の教科書採択に反対する杉並親の会』と共闘して、市民運動を装いながら、杉並区役所の包囲行動、同区教育委員会への抗議・申し入れ、傍聴等に取り組んだ」と記述した。

 公安調査庁も、中核派が杉並区役所前で街頭宣伝や「人間の鎖」を行ったと認定。教員に浸透を図る「教労(教育労働者)決戦」の一環として、教職員組合や市民団体に対し、同派系大衆団体を前面に立てて共同行動を呼びかけたと指摘している。

 また、卒業式・入学式での国旗掲揚・国歌斉唱反対運動についても「都立高校の周囲に活動家を動員して、ビラ配りに取り組んだ」(警察庁)、「東京をはじめ大阪、広島などでビラを配布した」(公安調査庁)などとして、中核派の関与を明らかにしている。
【2005/12/27 東京朝刊から】
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今年の夏頃はネットは『扶桑社教科書反対運動を扇動する隠れ過激派』の話題でもちきりでしたね。
杉並親の会』とかいう市民団体を装っているがホントは中核派、というのはネット上では常識のじょうしきでしたね。

あの教科書は軍国主義賛美だとか戦争賛美だとか言って攻撃してましたが、とうのご本人たちが殺人あり、傷害あり、放火ありの立派なテロ集団だったという事実が、この年末にとうとう公的に公表されてしまったのですね。

思えば、かの半島からも応援を頂きましたね。

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2005.07.17
■扶桑社版教科書採択、激しい妨害

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愛媛・松山…反対派、韓国から“運動団体”
「友好関係の政治利用」…知事、市長ら痛烈批判
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国内では朝日新聞も随分応援して下さいました。
うるさいこと言う産経新聞と紙面上で口喧嘩もしてくださいました。

極左と半島と朝日は親和性があるという事を証明していただいたようで嬉しかったです。

今年は4年に1度巡ってくる教科書採択の年でした。たくさん想い出ができましたね。

そんな今年もあと3日でお終いです。

さようなら2005年、さようなら自虐史、さようならNews23の特集~

さようなら、さようなら~

でもヲチは楽しかったよ、ありがとう・・・

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December 28, 2005

この世の不条理

テキスト化されてない記事等をエントリーにしようと思ってたのだけど、この年末押し迫る頃になって重要報道がメジロオシとなった。こりゃテキスト有無にかかわらず是が非でもエントリーにしたい!ってことでZAKZAKの下記報道をご紹介。

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中国当局が脅迫か…上海総領事館員の首吊り自殺
ホステス使い色仕掛け


 上海日本総領事館の領事(46)=当時=が中国当局が用意した色仕掛けにハメられ、昨年5月に自殺していたことが分かった。27日発売の週刊文春によると、亡くなった領事は外務省と領事館の暗号通信を担当。領事の自殺は暗号解読をねらった中国当局の執拗(しつよう)な恫喝(どうかつ)が原因だったとみられ、中国政府の外交官に対する非道な工作活動に波紋が広がるのは必至だ。

 週刊文春によると、領事は昨年5月6日午前4時ごろ、上海総領事館の宿直室で首をつって自殺した。領事は旧国鉄出身で、分割民営化後に外務省に入省した。米・アラスカのアンカレジやロシアに勤務した後、平成14年3月に上海総領事館に単身赴任した。

 赴任後、領事は同僚に連れられ、外国企業が多く集まる虹橋地区にあるカラオケクラブに足を踏み入れる。そして、1人のホステスに魅せられ、足しげく出入りするようになった。

 クラブは事実上、個室で、ホステスが“接待”してくれる。そのうち、ホステスは中国当局に摘発され、取り調べで上客だった日本人の名を供述するよう強要された。

 供述の中に領事の名前があることに目を付けた当局は、15年6月、このホステスを利用して情報機関に所属する工作員の男に領事を接触させた。

 当初、工作員は機密レベルの低い情報提供を要求。領事は昨年4月に外務省へ転属願を提出し、ロシアの総領事館に転勤が決まったが、工作員の男は、ホステスとの関係を「領事館だけでなく、本国にバラす」「(女性との)関係はわが国の犯罪に該当する」と何度も脅迫した。同年5月に入り、工作員の脅迫はエスカレートし、転勤先のロシアの情報も提供するよう迫られた。

 きまじめだった領事は工作員と深い付き合いとなってしまったことに責任を感じ、総領事や妻、同僚に計5通の遺書を残して自殺。総領事あての遺書には「自分はどうしても国を売ることはできない」などと記されていたという。

 領事は外務省と総領事館の衛星通信や情報伝達を担当する「電信官」で、総領事しか知らない国家機密も把握。特に衛星通信に使われる極めて複雑な暗号の解読方法を熟知していた。

 中国当局はこの暗号に強い関心を示し、領事が転勤と決まるや何とかして暗号の解読を引き出そうと、強い圧力をかけたものとみられる。

 冷戦さながらの色仕掛けによる諜報(ちょうほう)戦。外務省は、国を守ろうと“殉職”した職員について事実関係を一切、公表していない。 

ZAKZAK 2005/12/27

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命を落とした領事のご冥福をお祈りいたします。
昨年の春に起きた痛ましい事件であるが、約1年半後の今ごろに報道されるなんて奇妙~。

でもよくぞ記事になってくれました。今までも中国当局のえげつない外交工作は噂にはなっていたけど、こうやって記事になってくれると物凄い緊迫感がある。

そしてかなりの教訓になったのではなかろうか?中国での甘~い誘惑には必ず毒が仕込まれているという事。
ただ、既にその毒がまわってしまった存命中の政治家とか官僚とかが気になる。何とか炙り出す手立てはないものか?一方は痛い腹を懸命に庇って保身にまわり、この領事のようなバカ正直な人が命を落とすなんて不条理なことこの上ない。

++++++++++++++
羽越線脱線事故の被害に遭われた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
事故を起こした特急〝あけぼのいなほ〟は、あの現場からはかなり北の路線ですが帰省の際によく利用しました。私にとって馴染み深い特急列車であのような悲惨な事故が起こるとは想像をはるかに越える恐ろしい現実です。
お亡くなりになった方々、どうか安らかに。そして現在治療中の方々の一刻も早いご回復を願ってやみません。

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December 26, 2005

キム記者に注意!


「第3回最南端みかん農場体験祭典」が23日、南済州郡(ナムジェジュグン)の農業技術センターで開かれた。 観覧客がみかんで作られた犬を眺めている。

↑この写真は中央日報から拾ってきたもの。なんかグロい可笑しさで、笑いたいけどグロすぎて笑えん・・・

『あんた何様?日記』さん経由で知った韓国メディアによる麻生太郎外相のインタビュー。(太字強調はkits)

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麻生太郎日本外相インタビュー「韓日、靖国に執着しすぎ」

  麻生太郎日本外相(65)は23日、中央日報とのインタビューで、「韓国と日本は靖国問題に執着しすぎている」と述べた。 麻生外相は最近の韓日関係に関し、「両国の首脳がよく合わない。 だからといって両国関係の悪化につながってはならない」と語った。 自身の突出発言に関連した攻撃的質問に対しては、「そういうのは(攻撃的に話すのは)韓国人の趣味ではないか」という言葉で対抗した。 インタビューは東京霞が関の外務省外相室で行われた。

  --先月「靖国参拝を問題視する国は韓国と中国しかない」と発言したことに、韓国政府は強く反発した。 実際には他のアジア国家も反対しているが。

  「靖国問題を面と向かって発言する国、すなわち‘これがすべてだ’と主張する国は他にないと思う。 問題(靖国参拝をめぐる論議)があるのは分かっているが、これだけにこだわるのは建設的でない」

  --外相の資格で来年に靖国神社を参拝するのか。

  「個人的信条では確実にそうだが…。 私は国会議員になる前からこれまで40-50回も靖国へ行った。 最初に行ったのは小学5-6年生の時だ。 吉田茂(麻生外相の祖父で首相歴任)に手を握られてだ。 しかし外相の立場は個人的信条と異なるので、適切に判断して決める」

  --来年9月に自民党総裁選で首相に選出された場合も同じか。

  「そうだ。 その時の状況を見て適切に判断することになる」

  --しかし小泉首相や外相が主張する「靖国参拝は宗教的な問題」という論理に韓国や中国の人々は納得していないが。

  「理由を挙げれば双方ともきりがない。 中国は中国の主張をし、日本は『A級戦犯は軍国主義者といういうが、最後まで戦争に反対した人もそこにいる』と主張し…。 論争だけが加熱するだけで、建設的な話ではない。 私は中国と韓国の論理もそうだと言えるし、日本の論理もそうだと言えると考える」

  --小泉首相は最近、何度も米日外交の重要性を強調しながらも、アジア外交については強硬な立場を固守している。 先日、中央日報とのインタビューで、高村正彦元外相は「近隣国家から不信感を受ける日本に対しては米国もそれほど魅力を感じない」と述べたが。

  「近隣国家というが、韓国も北朝鮮とは関係が良くない。 フランスとドイツもそうで、英国とフランスも同じだ。 もともと世界的に近隣国家と良い関係を結ぶのは難しいというのが私の基本認識だ

  --年末に予定された盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の訪日がキャンセルとなった。 これに先立って11月、外相は「敢えて来なくてもよい」という趣旨の発言をした。 会談がキャンセルとなったのはどちらの責任が大きいか。

  「双方の‘ケミストリー’(相性を意味する)が合わないのだ。 最後の会談(11月の釜山APEC会談)当時も合わなかったではないか。 米国のブッシュ大統領と小泉首相ほどではないが、プーチン・ロシア大統領と小泉首相も会談時に論争を繰り広げたが、それでも‘ケミストリー’は合った。 しかし私が潘基文(パン・キムン)外交通商部長官とソウルとマレーシア・クアラルンプールで会談した際はよく通じ合った。 両首脳が合わないからといって韓日関係全体が悪化してはならない。 共産圏や独裁政権なら別だが、韓国と日本は違う」

  --それなら現在の韓日間の緊張関係を解消するためには、韓国と日本は何をすべきか

  「両国が靖国問題にあまりにも執着しているのが最も大きな問題だ。 当分はマスコミが靖国問題を書かないのが一番よさそうだ。 問題をあおって増幅させた。 私はその間、韓国に一年に2度ずつ計40-50回ほど行っているが、私が知っているかぎり今の両国関係が最も良いのではないかと思う。 それは韓国の生活水準が良くなり、自信をつけているためと思われる。 三星(サムスン)だけでなく、韓国製品が非常に良くなった」

  --過去の麻生炭鉱(麻生外相の父が運営)に大勢の韓国人徴用者が連行された。 徴用者の遺骨を返還するための調査が日本政府によって実施されているが、麻生炭鉱は調査の対象に入っていないというが。

  「戦争前の話はよく知らないが、そういう資料が残っていれば提供する。 ただ、当時炭鉱にきた韓国人はみんな日本人旅券を持っており、個別に採用したのではないため、資料が残っているかどうかは分からない。 しかも当時の責任者は高齢になっており、まだ生きているかどうかも分からない」

東京=金玄基(キム・ヒョンギ)特派員
2005.12.25 16:20:34

*****

さすが!きっぱり発言していただいて、外相、GJ!

個人的にブラボーな発言は赤字強調させていただきやした~。まったく、その通りでやんす。日本のマスゴミがヤンヤヤンヤと焚き付けるから、さも大問題かのように感じるけど、一歩ひいてみてみれば、え?別に平和を願い国のために殉じた方を追悼するのが何で問題なの?という事柄でしょうに。

さて、中央日報(韓国)の記者のキムさん。この人の記事、ちょっと胡散臭い・・・気がしないでもない。ほんとのこと書いてるのかなぁ。麻生さんのHPにもインタビューの模様が載ってないので確かめ様がないんだけど少々心配。

だって、先の天皇誕生日の陛下の記者会見の模様がキム記者の手にかかると、↓こんな風になってるんだもの。

*****
明仁天皇「日本の歴史、正しく理解するのが大切」

  明仁天皇が23日、72歳の誕生日を迎え、日本国民に対し、日本の過去の歴史について正しく理解することが大切だ述べたと、朝日新聞などが報じた。

  明仁天皇は誕生日前日の22日、皇居・宮殿で記者団と行った誕生日記念インタビューで、「日本では1920年代半ばから連合国に敗亡した1945年まで、平和な時代がほとんどなかった」とし、「過去の歴史を正しく理解しようと努めることは、日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていく上にも極めて大切なこと」と強調した。

  明仁天皇はまた「今年は戦後60周年を迎え、過去の多くの事実が明らかになった」とし、「今後とも多くの人々の努力により過去の事実についての知識が正しく継承され、将来に生かされることを願う」と要請した。

  天皇が異例にもこうした発言をしたのは、日本の侵略史を美化・歪曲しようとする一部の右翼勢力に対する憂慮を表示したものと解釈される

  小泉純一郎首相はこの数年間、第2次世界大戦のA級戦犯らが祭られている靖国神社への参拝を繰り返し、韓国・中国との間に深刻な摩擦を引き起こしている。

  にもかかわらず、自民党は来年にも靖国神社参拝を続けることなど含む06年運動方針案をまとめたと、読売新聞が23日報じた。

東京=金玄基(キム・ヒョンギ)特派員
2005.12.23 16:45:33
*****

え?と思われた方も多かろう。私の気になる箇所を太字にしてみた。

連合国に敗亡した1945年まで、」なんて陛下は仰せでは御座いません!「終戦」としか仰りませんでした!

「一部の右翼勢力に対する憂慮を表示したものと」解釈されるって・・・?おい!ウソおっしゃい!

確かに「今後とも多くの人々の努力により過去の事実についての知識が正しく継承され,将来にいかされることを願う」と仰せだが、それは今年、サイパンの巡礼の旅で知りえた在留邦人とサイパン人の悲劇と、サイパン人が今でも当時の移住者を良く思っていることでしょ?

天皇陛下の記者会見の模様はこちら

以下に一部引用。

*****
 先の大戦では非常に多くの日本人が亡くなりました。全体の戦没者310万人の中で外地で亡くなった人は240万人に達しています。戦後60年に当たって,私どもはこのように大勢の人が亡くなった外地での慰霊を考え,多くの人々の協力を得て,米国の自治領である北マリアナ諸島のサイパン島を訪問しました。そこにはこの地域で亡くなった戦没者のために国が建てた中部太平洋戦没者の碑があります。

 ドイツ領であったサイパン島は,第一次世界大戦後,国際連盟により日本の委任統治領となり,多くの日本人が移住し,砂糖産業や農業,漁業に携わっていました。

 昭和19年6月15日,米軍がサイパン島へ上陸してきた時には日本軍は既に制海権,制空権を失っており,大勢の在留邦人は引き揚げられない状態になっていました。このような状況下で戦闘が行われたため,7月7日に日本軍が玉砕するまでに,陸海軍の約4万3千人と在留邦人の1万2千人の命が失われました。軍人を始め,当時島に在住していた人々の苦しみや島で家族を亡くした人々の悲しみはいかばかりであったかと計り知れないものがあります。この戦闘では米軍にも3,500人近い戦死者があり,また900人を超えるサイパン島民が戦闘の犠牲になりました。またこの戦闘では朝鮮半島出身の人々も命を落としています。この度の訪問においては,それぞれの慰霊碑にお参りし,多くの人々が身を投じたスーサイド・クリフとバンザイ・クリフを訪れ,先の大戦において命を落とした人々を追悼し,遺族の悲しみに思いを致しました。

 61年前の厳しい戦争のことを思い,心の重い旅でした。ただ,高齢のサイパン島民にはかつて日本の移住者が島民のために尽くしたことを今も大切に思っている人がいることはうれしいことでした。私どもが島民から温かく迎えられた陰にはかつての移住者の努力があったことと思われます。

 この度のサイパン島訪問に携わった日本側の関係者を始め,米国側並びに北マリアナ諸島側の関係者に深く感謝しています。

 日本は昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって,また日本人が世界の人々と交わっていく上にも極めて大切なことと思います。

 戦後60年に当たって過去の様々な事実が取り上げられ,人々に知られるようになりました。今後とも多くの人々の努力により過去の事実についての知識が正しく継承され,将来にいかされることを願っています。
*****

ったくさ~油断もすきもないとはこの事。(怒)

中央日報のキム記者は、ニューヨークタイムズのオオニシ記者に続いて要注意人物なのである。

【2005.12.28 add】
◆『ヒロさん日記』さん 「ノリミツ・オーニシの年末のご挨拶:「戦場」のメリークリスマス!」へTB
ぬおーーー!ヒロさん日記で同じネタ扱ってる(嬉)!しかもオオニシ記者の近況(というか反日記事)!こりゃTBせにゃいかんでしょーが(茨城弁)。

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