冨田メモ 覚書
2ちゃんねらーの活躍により例の冨田メモの3ページ目が解読されたらしい。
63.4.28 〔■〕
☆Pressの会見
[1] 昨年は
(1) 高松薨去間もないときで
心も重かった
(2)メモで返答したのでつく
していたと思う
(3) 4:29に吐瀉したが その前で
やはり体調が充分でなかった
それで長官に今年はの記者
印象があったのであろう
=(2)については記者も申して
おりました
[2] 戦争の感想を問われ
嫌な気持を表現したが
それは後で云いたい
そして戦後国民が努力して
平和の確立につとめてくれた
ことを云いたかった
"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長
の靖国発言中国への言及にひっかけて
云った積りである
明らかとなったこの3ページ目の文脈はプレス会見について昭和天皇ご自身が解説している風にも読める。解説したのが天皇ご自身であったのかネットで話題の徳川侍従長であったのかは今のところ不明。
さて、この『プレス会見』とは一体どの会見か?
愛・蔵太さんが相変わらずの冷静な分析で、一番可能性の高そうな1988年4月25日の会見を紹介している。・・・いつもながら見事です。
この4月25日の会見をもとに前回の21日の拙エントリーの年表を補強してみる。(赤字表記)
1972年12月22日 奥野誠亮 116代文部大臣就任 ~1974年11月10日
1978年 A級戦犯合祀
1985年8月15日 中曽根首相・閣僚ら 公式参拝
1986年4月29日 天皇陛下御在位六〇年記念式典(文部省主宰)
1986年7月22日 藤尾正行 132代文部大臣就任・同年罷免
1986年8月15日 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会(会長・奥野誠亮)が集団で参拝
1987年11月6日 奥野誠亮 16代国土庁長官就任 ~88年5月13日
1988年4月22日 奥野誠亮 靖国神社参拝
その際、閣僚の靖国神社参拝を問題視する傾向を批判
中国の反応も批判
1988年4月25日 天皇誕生日 記者会見
1988年4月28日 冨田メモ
1988年4月29日 天皇誕生日
冨田メモの主語が誰か?「いまのところ不明」というのが一番正確。
≪参考サイト≫
◆『愛・蔵太の少し調べて書く日記』- 昭和天皇は1988年4月25日、生涯最後の誕生日記者会見で何を話し、その日は何をしたのか。それと「昭和天皇発言メモ」の検証
◆Wikipedia












Comments
新しい情報です。
手帳とメモは、本来別々にしてあった。
それを遺族から手に入れた、日経記者が、ある意図をもって、手帳に貼り付けた・・・!!!
そして時を図り発表したと。
このことをスクープしてあるのが、朝日のAERAだそうです。
なんだか・・・サヨク系もドロドロ。
品性というものが皆無!
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/
Posted by: びーちぇ | July 25, 2006 at 08:13 PM
>びーちぇさま
なんだかもう、、、ぐちゃぐちゃですな(嘆)
ただひとつ言えるのは、あの冨田メモ。靖国を政治利用する奴を炙り出す恰好のリトマス試験紙になったということ。(富田氏の本望ではないだろうけど・・・)
えげつない政治屋がより明確になりましたね、古●氏とか、山●氏とか。
二枚舌の朝日・毎日はもうどーーーでもいいって感じです。信念なさすぎ。
Posted by: kits | July 26, 2006 at 01:16 PM