« January 1, 2006 - January 7, 2006 | Main | January 15, 2006 - January 21, 2006 »

January 14, 2006

【猫便】お寒うございます

あまりの厳冬にホットカーペット出動。

猫sはあったかカーペットにぺっとり張り付く毎日でございます。

cat_0601_141

張り付く、のた打つ、爪とぐ、匂い嗅ぐ、、、

猫sのやりたい放題でございます。

cat_0601_142

空気が乾燥しているので、化繊のカーペットと猫毛が摩擦して静電気もパチパチと放電し放題でございます。

うかつにも猫式の挨拶(鼻と鼻をくっつける)をしようものなら、バチンと鼻っ柱に火花が散るのでございます。

本人たちは『おや?』という顔を一瞬するものの、特に苦にも思っていないご様子。

でもねぇ、私は静電気が大嫌い。はるか昔に流行った口の中でパチンパチンはじけるキャンディーも、ぜぇーーっつたいに食べなかったくらいパチパチが苦手なのに、、、

嗚呼、それなのに、あなた達は無邪気に静電気バリバリの体で人の足にまとわりつくわ、頭をこすりつけるわ、挙句の果てに自分の体を撫でろと催促・・・。

猫sはどうして静電気は平気なのかしらん?

超ビビリのくせに。

猫って不思議。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 10, 2006

拉致問題での誘導に注意!

電脳補完禄』に特定失踪者問題調査会・代表の荒木和博さんの講演内容がUPされている。
北朝鮮と日本政府の駆け引きの裏側が解説されていて非常に興味深い。

おととい当ブログで日本が北へ強い姿勢を示し始めたのはアメリカの影響だと述べたが、荒木氏はここ数年変わらず強硬姿勢なのが日本なのだ、アメリカは日本のお陰で軟化に歯止めがかかったのだと言う。

なるほどー。そういう見方ももっともだ。

しかし、ずっと強硬な日本であるが、それは世論を受けて結果的にそうなっただけで、実際の交渉下では北との暗黙の了解などもあったのではないか、結果的に世論は強硬なまま崩れなかったのは日本の親北派の誤算だった、と荒木氏は言う。

ならば世論の責任はかなり大きい。私達も北にしてやられぬよう注意深く日朝交渉を見守らねばならない。

荒木氏の講演内容には他にも重要な事柄がある。
氏の講演内容テキストを要約してみた。

*****
荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)
金木犀さまの投稿をkitsが要約

■最近の報道「めぐみさんや地村夫妻の拉致実行犯が辛光洙(シングァンス)である」はウソ

被害者の5人が帰国してから北に残る家族のために報道管制がひかれたが、お子さんやご家族が帰国を果たした今でも報道管制は続いている。だから、ニュースの出元『7時のNHKニュース』で報道されると他の報道機関は被害者の方々に取材が出来ないからNHKの報道内容にそのまま乗っかる。NHKも実際はご本人達に直接取材は行っていない。伝聞のような話しが〝そうでした〟というニュースになってしまっている。

なぜこういうことが起きるのか?
ひとつの可能性として…日朝間である程度、落としどころが決まっているのではないか。
落としどころとは、拉致をやったのは全て辛光洙なんだということにしてしまおうということ。そうすれば有本恵子さん拉致実行犯のよど号グループさえ隠したいと思えば可能だ。『朴』という工作員もとっくに死んでしまったということにし、辛光洙も30分くらい日本の訪朝団に面会させてやって肝心な事は言わせずに高齢で体調が悪いといって隠してしまう。

そういう事にして、拉致問題の進展があったから国交正常化も進める必要がある、進めないと拉致も次に進まない、という形に持っていこうと日朝で密かに合意しているのではないか。

こういう〝取引〟は今までもあった。

≪2002年9月17日≫
・落としどころ…北が拉致を認めれば国交正常化交渉を開始する
・日朝の誤算…拉致を認めたら日本の世論が激昂→国交正常化交渉開始できず
≪2002年10月15日≫
・落としどころ…ともかく生きている5人を二週間ほど帰国させよう。
・日朝の誤算…日本の世論が5人を返すな→北に戻すはずの5人を戻せず

≪2004年5月~7月≫
・落としどころ…北に残る家族を返せば国交正常化交渉を開始する(荒木氏が後で述べているが、この時の北の真の目的は朝鮮総連への圧力をかわすこと。この目的は達成)
・日朝の誤算…日本の世論調査『拉致はまだ終っていない』が8割以上
(kits注:ただし5月のご家族帰国後に22万トンの食糧支援、7月のご家族帰国後に12.5万トンの食糧支援は行っている)

※西暦日付はkits付加

■北川和美と偽遺骨

2004年11月の時点で北の方法は一つしか残っていないだろうと思った。
それは、日本政府が認定していない人の誰かを出して『自分の意志で行きました。都合で日本に行けないので早く国交正常化して自由に行き来できるようになってお父さんお母さんに会いたい』と言わせようとしたのではないか。北川和美という変な女がいたが、その要員として彼女を利用しようとしたのではないか。
彼女を出すことで親北派は『北は折れてきているじゃないか、北と信頼関係を作れば今度は死んだと言っている人まで返すかもしれない』『拉致被害者のなかに自分の意志で行った人もいるのでは?』といった世論作りができる。

ところが北が実際にやったのは「遺骨」。
日本政府が認めていない拉致した人間を引っ張り出してくるのは、曾我ひとみさんを出して逆効果になった現実があるのだから、かなりの力が要る。しかし金正日には2002年の時ほどの力がもう残って無かった。日本(訪朝団?)の中の誰かが「どうせ鑑定なんかできないから(遺骨を)出して来い」と言ったのかもしれない。ところが『偽遺骨』という鑑定が出てしまった。(またまた)話が違うということになって北は相当頭にきたということであろう。

日朝が今やっている事も既にある程度の合意が行われていると思ったほうがいいのではないか。
今流れているニュースを鵜呑みにするのは非常に危険なこと。

■北の目的

2003年12月末から北はなぜかあせっていた。日本へのあらゆる交渉ルートを使っていた。

・2003年12月末…平沢参院議員が北の日朝国交担当大使と会う(北京)
・2004年4月…山崎衆院議員・平沢議員が訪朝
・上記以外に、レインボーブリッジ(小坂浩彰代表)という怪しげなNGO、首相の飯島秘書官(朝鮮総連の大物とのパイプ)などいろんなルートを利用

実は日本では2003年の暮れに経済制裁法案が具体化していった。北はなんとしてもその経済制裁の発動を止めざるを得ない状況だったのではないか。
2004年5月22日の首相第二次訪朝で「経済制裁の発動をしない」「在日朝鮮人に差別をしない」ということになった。つまりこれは朝鮮総連に圧力をかけない、ということ。総連への圧力を止めさせる、それが目的であり、そのほとんどの目的を北はとりあえずは達成したということ。

■北に拉致を認めさせたこと、その意義

2002年9月17日に、あくまで結果的にだが、田中均氏をはじめとする、福田元官房長官かわからないが、ともかく拉致を認めれば日朝交渉進めてやるという風に言って、北に拉致を認めさせたのは大きい。結果的に国交正常化交渉を進めずに5家族を取り戻した。全体から見ればこちらが押しているのは間違いない。
アメリカはクリントン時代に逆行しようとしたが、結果的にブレーキをかけたのは日本であった。日本だけが、ある意味でいうと、だんだん強硬になって、しかもその方針を変えていない。

このまま続けていけば、どこかで大きな転換を持ってくることができると確信している。
われわれの力で絶対できるんだ、このアジアの中でそういうこと(拉致被害者を奪還)のできる国は我が国しかないんだ、レバノンやタイ、韓国の被害者も日本の力で取り戻してあげるんだ、と自信を持つ事で事態は間違いなく前に進むと思う。

短波ラジオ放送『しおかぜ』について「本当は政府のやることなのに」と言ってくださる方もたくさんいて有り難い。が、少なくともこれは政府がやることではない。日本国民全部の責任として、やるべき事はやらねばならないしやるのだ。

今、この国の状況は何が何でも国交正常化という確信は無いと思う。いろんな思惑がごちゃごちゃ集まっているうちにこういう風になっている。
そういう状況を打開するのは最終目的地をしっかりと見据えること。
それは拉致問題に関していえば『すべての拉致被害者を救出する』こと。

※()内はkits付加
*****

長いけど読み応えある講演内容なので、時間のある方はできれば原文を読んでいただけるとより分かりやすいと思う。

荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【3】 (2006-1-9)
荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【2】 (2006-1-9)
荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【1】 (2006-1-8)

拉致問題の解決にいかに世論が大事か、ということに尽きる。世論が許さなければ政府も動きようがないのだ。それゆえ世論を形成する私たち国民は事態を正しく見極める必要がある。つまりは日本人ひとりひとりの胆にかかっているのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 09, 2006

寛仁親王殿下のご発言に注目!

今日は皇族の方の重要なご発言を紹介せねばなるまい。

*****
寛仁親王殿下「短期間で結論、拙速」 女系天皇容認改めて批判
【2006/01/09 東京朝刊から】

 「皇室典範に関する有識者会議」が女性・女系天皇を容認したことに関連し、寛仁親王殿下が10日発売の月刊「文芸春秋」2月号で、現在の男系維持のために旧皇族の復帰など「さまざまな選択肢があることを認識し、今すぐ決める必要はない」と発言し、同会議の結論を拙速と批判されていることが8日、分かった。同会議の議論では皇族からの意見を求めておらず、今回のご発言は、次期国会での典範改正審議に微妙な影響を与える可能性もある。

 「天皇さまその血の重み-なぜ私は女系天皇に反対なのか」の見出しで、ジャーナリストの櫻井よしこさんと対談されている。

 この中で寛仁さまは皇室の伝統を「神話の時代から延々と男系、父方の血統で続いてきた」と位置付け「この血の重みには誰も逆らえなかった」と強調。国民にも「血統に対する暗黙の了解、尊崇の念」があると主張された。

 史上8人いた女性天皇と女系天皇の違いを指摘した上で、民間人が女性天皇の夫になることが続くと「一般の家と変わらなくなる」との危機感を表明。女系天皇の容認は「日本という国の終わりの始まりではないか」とし、男系維持のため、戦後に皇籍離脱した旧皇族の子孫が、断絶した秩父宮家や高松宮家の祭祀(さいし)を継ぐ形で養子として皇室に入るという方法も示されている。

 寛仁さまは昨年、自身が会長を務める福祉団体の会報で、私見として女系天皇に異論を唱えるエッセーを寄せられていた。


 【寛仁さま ご発言要旨】

 天皇さまというご存在は、神代の神武天皇から125代、万世一系で続いてきた日本最古のファミリーであり、神道の祭官長とでも言うべき伝統、さらに和歌などの文化的なものなど、さまざまなものが天皇さまを通じて継承されてきました。世界に類を見ない日本固有の伝統、それがまさに天皇の存在です。

 その最大の意味は国にとっての振り子の原点のようなものだと私は考えています。国の形が右へ左へ、さまざまに揺れ動く、しかし、いつもその原点に天子様がいてくださるから国が崩壊せずにここまで続いたのではないか。

 (有識者)会議の構成に私が口を挟むわけにはいきませんが、わずか17回、三十数時間の会議でこれほどの歴史と伝統を大改革してしまうことが果たして認められるのでしょうか、あまりに拙速に過ぎませんかと強く申し上げたい。

 たとえばかつて10代八方の女帝がいらした。これが女帝論議に火をつけていますが、そのほとんどは皇女、つまりお父様が天皇でいらした男系の女子です。また、もともと皇后でいらして天皇が亡くなられたために即位された方も多い。御家系で適齢期の方が即位されるまでのピンチヒッターとしての即位で、独身で即位された方は終生、結婚なさいませんでした。

 今認められようとしている女系天皇は、全く意味が違う。2665年間連綿と男系による血のつながりで続いてきた天皇家の系図を吹き飛ばしてしまうという事実を国民にきちんと認識してもらいたい。

 畏れ多いたとえですが、愛子さまが男性と結婚されて、お子様が生まれれば、その方が次の天皇さまになられる。こうしたことを繰り返せば、100年も経たないうちに天皇家の家系というものは一般の家と変わらなくなってしまいます。

 そのとき国民の多くが天皇というものを尊崇の念でみてくれるのでしょうか。日本の歴史に根ざしているこの天皇制度が崩れたら、日本は四分五裂してしまうかもしれない。この女系天皇容認という方向は、日本という国の終わりの始まりではないかと私は深く心配するのです。

 今の典範のままではいずれ先細りで皇位継承者がいなくなる可能性はありますから、陛下がご自分の御世で確かな方法を考えて欲しいというくらいのことをおっしゃった可能性はあるかもしれません。しかし、具体的に女系を容認せよ、とか長子優先とか、そうおっしゃる可能性は間違ってもない。陛下はそういうことをおっしゃる立場ではないし、非常に真面目な性格からしてもそのような不規則発言をなさることはあり得ないでしょう。

 私が国民にお願いしたいのは愛子さまが即位されるにしても、少なくとも30年から40年先であり、その間にこれまで皇統を維持するために先人がどんな方策を取ってきたかという事実をよく考え、さまざまな選択肢があると認識し、物事を決めて欲しいということです。
*****

殿下のご発言の中で陛下の思いにも触れている。非常に重要なご発言だと思う。皇族の方々が皇位継承について持っていらっしゃる〝常識(=男系維持)〟が、例の有識者会議のメンバーは〝常識〟どころか〝どうということもない〟という事にして無視した。

昨日の産経に男系男子継承の具体的な提案があったので、長いけど読んでみてほしい。

*****
『双方向プラザ』
(産経新聞1月8日朝刊 ネットソース無し)
「男系男子の皇位継承策は? 旧宮家3男児から天皇を」

■■読者から■■
 政府の「皇室典範に関する有識者会議」が昨年まとめた「女性天皇・女系(父方をたどっても天皇につながらない)天皇容認」「男女を問わず第一子優先の皇位継承」の報告書をもとに国会への法案提出が進んでいますが、〝中継ぎ〟以外の女性天皇は前例がありませんし、そのお子さまが即位されれば初の女系天皇ですから正統性をめぐって紛争になるのは必至です。皇太子さまの長女、敬宮愛子さまの将来を議論するのは心苦しい限りですが、具体的なシミュレーションが必要です。男系(父方に天皇の血筋を引く)男子による皇位継承を維持するためには、どなたに天皇にご即位いただけばいいのでしょうか。
=東京都港区、主婦(三二)

■■中川筑波大教授が提言「愛子さまには皇后に」■■

■ 皇室典範改正をめぐって保守派知識人は、所功京都産業大教授や高森明勅拓殖大客員教授らが「女系やむなし」を表明していますが、主流は「皇室典範問題研究会」(代表・小堀桂一郎灯台名誉教授)など男系維持派です。愛子さまが天皇に即位されても、過去の十代八人の女性天皇と同じく男系女子なので、女性天皇反対よりも女系阻止に重点を置いているとみられます。
 愛子さまの次の天皇も男系で維持するため、昭和二十二年にGHQ(連合国軍総司令部)の圧力で臣籍降下(皇籍離脱)した十一宮家のうち男系男子で存続している旧賀陽宮(かやのみや)家、旧久邇宮(くにのみや)家、旧朝香宮(あさかのみや)家、旧東久邇宮(ひがしくにのみや)家、旧竹田宮家を復活させたり、その中から特定の人を皇室に養子に迎えるなどして、愛子さまの配偶者になってもらおうという案が出ています。
 この「愛子天皇・旧宮家〝皇配陛下〟」案に対して、「旧宮家天皇・愛子皇后」でないと皇室の伝統や配偶者の問題から男系が維持できないとして女性天皇反対を強く訴えているのが、英米保守主義の政治哲学や憲法思想が専門で昨年『皇統断絶』(ビジネス社)を出版した中川八洋筑波大教授です。「現状での女性天皇即位は必然的に皇統断絶につながる」という中川氏の論に沿って男系男子維持の方法をみてみましょう。

■女帝は独身の伝統
 これまでの女性天皇はいずれも男子のお世継ぎが幼少だったことや特定の政治状況に対処するための例外的な〝中継ぎ〟でした。現在の状況のように男子の皇位継承者がいないために女性が即位したわけではありません。男子がいないからといって女性が即位しても、そこで皇統が途絶えるだけで、問題の解決にはならないからです。
 また、いずれの女性天皇も皇后、皇太子妃だった未亡人か、生涯独身でした。即位後に子供を産んだ例は全くありません。「女性天皇は未亡人か独身。決して出産しない」が皇室の不文律なのです=表

■10代8人の女性天皇■
  婚姻関係 即位の経緯
33代 推古天皇 未亡人 弟の崩御後の中継ぎ
35代 皇極天皇 未亡人 夫の崩御後の中継ぎ
37代 斉明天皇
(皇極天皇が再即位)
未亡人 弟の崩御後の中継ぎ
41代 持統天皇 未亡人 夫の崩御後の中継ぎ
43代 元明天皇 未亡人 子の崩御後の中継ぎ
44代 元正天皇 独身 母の退位後の中継ぎ
46代 孝謙天皇 独身 父の退位後の中継ぎ
48代 称徳天皇
(孝謙天皇が再即位)
独身 政治混乱で中継ぎ
109代 明正天皇 独身 父の退位後の中継ぎ
117代 後桜町天皇 独身 弟の崩御後の中継ぎ

 愛子さまが結婚しようとなされても、過去に例のない「天皇のお婿さま」がみつかるかどうかという現実的な大問題があります。中川氏は「将来天皇になられる女性と結婚しようと思う男性は野心がある者だけ。『きっとすてきなお相手が見つかるはず』という『愛子天皇』論は無責任な楽観論です。生涯独身を強いることになってしまいます」と話します。
 愛子さまのお子さまのご即位で初の女系天皇が誕生して皇位の正統性に疑問が生じるのではなく、愛子さまご即位の時点で皇統断絶の恐れが強まるというわけです。
 また、愛子さまが皇太子になられれば、孝謙天皇(称徳天皇として再度即位)以来の二例目の女性皇太子です。称徳天皇といえば、怪僧・道鏡に篭絡され、皇位を狙われた悲運の天皇として知られています。
 「孝謙・称徳天皇の生涯を振り返れば、『ぜひ皇太子に』と申し上げることができるでようか」

cat_0601_091

■神武天皇の血継承
 皇位を継承する男系男子に〝嫁ぐ〟という形でしか愛子さまのご結婚は難しいという主張ですが、では誰に皇位継承者になっていただけばいいのでしょうか?
 「恐れ多いことですが、重大な問題なので具体的に想定させていただきます」として中川氏は、愛子さまと年齢が近い旧宮家の三人の男児が候補だと提言しています。
 旧賀陽宮家の在デンマーク大使館一等書記官、賀陽正憲氏(四六)の長男、二男(いずれも小学生)と旧東久邇宮家の住宅建材商社勤務、東久邇照彦氏(二六)の長男(二つ)です。いずれも神武天皇以来の男系の血を継承しています。=系図
 皇太子さま(または秋篠宮さま)の次の天皇に即位すると仮定した場合、男系でたどると、三人とも三十九親等離れた皇位継承になります。しかし、女系を含めた通常の数え方だと、旧賀陽宮家の二人は香淳皇后を介して九親等、旧東久邇宮家の一人は昭和天皇の長女、東久邇成子さんを介して六親等です。
 旧宮家はいずれも約六百年前に今の天皇陛下の血筋と分かれた伏見宮(ふしみのみや)家の系統ですが、中川氏は伏見宮系は決して傍系ではないと指摘します。
 「伏見宮系は〝祖系〟(源流)。光格天皇以降、今の天皇陛下に続く閑院宮(かんいんのみや)系はそこから分かれた〝支系〟といえます。伏見宮家はいざというときに皇位を継ぐため創設された宮家。こういうときこそ出番なのです」

■今から皇籍復帰を
 約六十年前に皇籍を離れた一家が復帰するのは非現実的だという声もありますが、中川氏は「二千年の歴史の中で六十年は一瞬。それに、皇位継承の危機が訪れるのは数十年後。今、皇籍復帰していただければ、その間に皇族らしくなるし、天皇となる方への教育もできます」と話します。
 旧竹田宮家の竹田恒泰氏も昨年出版した著書で、皇籍復帰について「皇室の尊厳と存在意義を守り抜くために、旧皇族の男系男子は責任を感じなくてはならない」と述べています。
 三人の男児には、今から皇族としての生活になじんでもらい、そのうちのどなたかに天皇に即位していただき、愛子さまには皇后になっていただくー。中川氏は「それが皇統を継続する唯一の方法」と断言します。
 このように男系男子を維持する方法の提言があるほか、皇太子さまや秋篠宮さまに男児が誕生されるのを国民が待望していることも事実です。政府や国会には二千年の伝統を踏まえた責任ある判断が求められます。
(渡辺浩)
*****

約2600年前の神話の時代から連綿と続いた男系天皇を今までどおり継続する方法は、実はあるのだ。こんなに重い伝統を今の世でひっくり返す必要がどこにある?

| | Comments (0) | TrackBack (3)

祝!五輪出場

013

←昨年夏の岡部選手(ジャンプ雪印HPよりこっそり拝借)

スキージャンプの五輪代表に雪印・岡部孝信選手の選出が確実となった模様。

いや~目出度いめでたい♪

私が岡部選手に熱を上げたのは長野冬季五輪の時。

当時、原田選手や船木選手の陰でマスコミの露出は少なかったものの、茶髪で耳にピアスのイケメンに、わたしゃ首ったけだったのだ。

hakuba_0910-06

←長野五輪直後、サマージャンプ参戦当時の岡部選手(1998年9月)

長野五輪直後も好調を維持し、翌年のワールドカップでも大活躍。表彰台の頂上にも上った。

、が、その後、スキー板のルールが改正され、日本ジャンプ陣の状況は悪化した。ルール改正により体格の小さい日本人選手のスキー板はより短く、体格の良い北欧の選手のスキー板はより長くなったのだ。

当時はジャパンバッシングだとささやかれた。

選手の中でも特に小柄な岡部選手(身長165cm)の状況はかなり深刻だったはずだ。

それでも日本ジャンプ陣は努力した。スキー板が短くなった分の浮力を補うために今度は自分達の体重を軽くしたり。。。ルール改正後の夏季トレーニングの模様を報道で見た時、「あしたのジョーの力石かよ!」っつーくらい選手達は痩せていた。

ところが、最近知ったのだがBMIルールっつーのが新たにできたらしく、体重を減らした分は更にスキー板を短くするルールだそうな。

あっちゃー、、、これがジャパンバッシングでなくてなんじゃらほい。

そんな逆風にも負けず、よく戦った!えらいぞ!岡部!

嗚呼、8年間、生きてて良かった(大げさ~)

俄然、トリノが面白くなってきた!!!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 08, 2006

朝日から産経へ返信あり

mumurさんのブログより引用

*****
朝日新聞
1月7日付夕刊 大阪版 「窓・論説委員室から」(ネット上のソースなし)

産経新聞をお読みでない読者の皆さまには要らぬお世話かもしれないが、次のデータに目を通していただきたい。昨年10月の小泉首相の靖国神社参拝について、新聞協会会報によると、全国48の新聞が社説を掲げた
その論調は参拝に反対する主張が圧倒的だった。例えば-
「聞く耳を持たぬ危うさ」(北海道新聞)
「国益に反する行動慎め」(岩手日報)
「憲法、外交感覚を疑う」(高知新聞)
もろ手をあげて支持したのは産経だけである。
賛否を明示しない社説も数紙あったが、それらも首相に慎重な対応を求めることに主眼が置かれていた。全国紙では、産経を除くすべてが首相に参拝しないよう求めている

さて、やや旧聞に属するこんな話を長々と紹介したのにはわけがある。

首相が年頭の記者会見で「靖国参拝を言論人、知識人が批判することは理解できない」と語ったことを、私たちは社説で批判した。
そのなかの「全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている」という記述について、6日付の『産経抄』で「誤植ではないか」と切りつけられた。

今や朝日の言説に「ほとんどの新聞」が肯く時代ではないという指摘だ。
それに異論はないが、各紙の論調が結果として一致することはある。
靖国参拝がそれだ。

産経の1面を飾る名物コラムである。
正論も辛口もいいが、事実だけは正確にお願いしたい。
それとも、誤植だったのでしょうか。(恵村順一郎)
*****

mumurさんのコメント欄の情報だが、
新聞協会所属の新聞社が108。

朝日の上記記事によると、

「靖国」について社説に掲載したのは昨年10月で48紙だそうだ。

紙面展望2005年11月1日によると、賛否を表明しない数紙とは以下のとおり。

〈もっと説明を〉
読売「中国政府や韓国政府は反発している。首相の靖国参拝をめぐって、国内にも様々な意見がある。それに対して首相はあまりにも説明不足である。(略)今後どのような形で政府として戦没者を追悼して行くのか。首相は体系立ててきちんと説明する責任があるのではないだろうか」

北國「戦没者慰霊のため靖国参拝を欠かさないという政治家としての信条を貫きながら、どうやって近隣諸国と望ましい関係を築いていくのか、『小泉外交』の理念や信念、戦略についてもっと説得力のある説明をしてもらいたいのである」

佐賀「参拝してもしなくても国民の約半数が非難する。日本も中国も韓国も、まずは冷静になることだ。そして日本は、『靖国参拝』イコール『軍国主義復活』の構図が、日本の現状とあまりに懸け離れていることを中国、韓国に説明すべきだ」。

朝日は上記三紙についてそれらも首相に慎重な対応を求めることに主眼が置かれていたというが、そうかぁ?読み方によっては条件つきで賛成しているようにも読めると思うが。。。

なぁーんと、昨年10月18日の読売朝刊の社説を切り抜きして保存してあったのでテキスト化してみた♪

*****
読売社説「首相靖国参拝 もっと丁寧に内外に説明を」
(2005年10月18日読売朝刊 ネットソース無し)

 雨の中、傘もささずに拝殿へと向かい、手を合わせた小泉首相の胸には、いったいどのような思いがよぎっただろうか。
 小泉首相が靖国神社を参拝した。首相に就任して以来、5回目の参拝である。
 スーツ姿で公用車を降りた首相は記帳をせず、拝殿もしなかった。
 過去4回の参拝では、いずれも「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳して昇殿した。今回は参拝形式を簡略化し、私的参拝であることを強調したのだろう。
 首相は参拝後、「総理大臣の職務として参拝したのではない」と語った。中国や韓国に対し「日本は平和国家として二度と戦争をしないこと、戦没者に対して哀悼の誠をささげるというのは当然なことだということをこれからも説明していきたい」と述べた。
 しかし、中国政府や韓国政府は反発している。首相の靖国参拝をめぐって、国内にも様々な意見がある。それに対して首相はあまりにも説明不足である。
 内閣が最重要課題とした郵政民営化関連法案は、今月14日に参院本会議で可決、成立した。
 11月にアジア太平洋経済協力会議(APEC)、12月に東アジアサミットや日韓首脳会議が予定されており、外交日程が目白押しだ。
 17日は、靖国神社の秋季例大祭の初日だった。かつて歴代首相は、春季・秋季例大祭の期間中に参拝していた。
 これらのことを勘案し、首相は参拝時期を決断したのだろう。
 また首相としては、中国の要求に屈するという形で参拝を中止することは、避けたかったのではないだろうか。
 先月30日の大阪高裁判決は、訴訟内容とは直接関係のない〝実質的傍論〟の形で、首相の靖国参拝は「違憲」という見解を示した。
 しかし、その前日の29日の東京高裁判決、今月5日の高松高裁判決は、いずれも首相の靖国参拝について憲法問題には触れずに、原告の請求を棄却した。
 高松高裁判決は「具体的事件解決のため憲法の解釈が必要となる場合にのみ、憲法解釈について判断するのが裁判所における違憲審査の在り方である」との見解も示している。
 小泉首相は今年6月に、新たな国立追悼施設の建設を検討すると表明した。しかし、その調査費は来年度予算に盛り込まれるか否かも未定だ。
 今後どのような形で政府として戦没者を追悼して行くのか。首相は体系立ててきちんと説明する責任があるのではないだろうか。
*****

ご存知の通り読売は押しも押されぬ全国紙である。

↑その読売がこの通り。
読んでいただければ一目瞭然だと思うが、読売は賛否を表明していない。今までの事実をだらだらと羅列しているだけの社説だ。あえて賛否の明言を逃げているようにも見える。

なので全国紙では、産経を除くすべてが首相に参拝しないよう求めているとは絶対に言えないと思うが。。

あ~あ、またやっちゃったね、あさぴ。

産経新聞では月いち程度のペースで各紙社説比較をやっている。
次回の企画はぜったいこれ(首相のアジア外交について)だと思う。

ちょーちょーーー楽しみ♪

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« January 1, 2006 - January 7, 2006 | Main | January 15, 2006 - January 21, 2006 »