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February 18, 2006

【猫便】茶ミはおしゃべり

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茶ミはおしゃべり。

眠るとき以外は常におしゃべりしている。

話し掛けると

「にゃ?」

と短く返事。そして

「にゃぁ? んにゃぁ?」 何? ねぇ、なんの用?

と続く。

たまぁーに、窓の外に気になるモノがあるときは、短いシッポで

「いま、それどころじゃないんだってば!」

と無言の返事の時もあるけどね。

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ほんとは眠くってしかたない時だって、にんげんと目が合えば、

「ぐぅにゃぅ ぐるにゃぅ」 いいお天気にゃ?

と軽くおしゃべり。

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にんげんが忙しくしているのが気に入らないから、家事に忙しい午前中ほど

「にゃーぁあん うわあぁーん おわぁーーん」 ねぇ、ちょっと、聞いてんの?

と話し掛けたくなる茶ミなのだ。

だいふくが、うんちに上手に砂かけないから臭いのよ、早く何とかしてにゃ

最近、カリカリ変えた?美味しくないにゃりよ

猫草、そろそろ新しいのにしない?

最近のだいふく、ウザいにゃ。玉なしのくせに発情してんじゃない?

エアコンだと床が寒いにゃりよ。何とかならない?



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猫もにんげんも、女のおしゃべり好きは不偏・・・なのかも。

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February 17, 2006

「女系天皇」容認は予定調和

テレビ大好き人間の私であるが、今日はいつにも増してワクワクだわ。恋人(心の)である長谷川平蔵さまが夜8時から、そして深夜にはトリノ五輪スキージャンプ・ラージヒル予選に愛人(心の)である岡部選手が出場するのだ。嗚呼、今夜も眠れない。前置きはコレくらいにして、今日の産経新聞は一面から三面まで「皇室典範改正問題」に関する極秘文書で満載でございます。すげード迫力。

この問題に関心の有る大抵のブロッガーは、

有識者会議の内容なんて最初から「女性・女系天皇容認」の結論ありき

なんて事は薄々気が付いてますって。

でも、その発端を現物で示されると、かなり圧巻ではある。

記事の内容から時系列に出来事を辿ってみる。

 【皇室をめぐる最近の主な出来事】

平成(西暦)

5年('93)   皇太子ご結婚の儀
6年('94)   秋篠宮妃殿下 第2子ご誕生

8年('96)1月 橋本内閣誕生(~10年6月)
     8月 内閣「男女共同参画2000年プラン」作成

同年      宮内庁で皇位継承に関する資料を作成

9年('97)4月 内閣官房が参加し、政府の第1期の皇位継承制度に関する非公式研究会が始まる(~11年3月)

 ・研究会設置の経緯:橋本首相(当時)「皇位継承について広く研究しておいてくれ」と古川氏に話したことか?
 ・メンバー:工藤敦夫元内閣法制局長官、古川貞二郎内閣官房副長官(当時)現委員、大森政輔内閣法制局長官(同)らのほか、元宮内庁幹部ら。当時の鎌倉節宮内庁長官、森幸男次長も参加。
 ・議論:「女系天皇に対する国民感情がどうなるかが最大の問題。その場合、天皇のありがたみはどうなるか」
     「旧皇族の皇籍復帰は議論せず」

10年('98)7月 小渕内閣誕生(~12年4月)

11年('99)4月 第2期の研究会が始まる(~12年3月)

 ・メンバー:園部逸夫元最高裁判事 現副座長ら。
 ・議論:「女性・女系天皇にどういう問題があるか、認める上で妨げはあるか」

     6月 男女共同参画社会基本法 成立(12年~施行)

12年('00)7月 森内閣誕生(~13年4月)

13年('01)4月 宮内庁が雅子さまご懐妊の兆候と発表

     同月 小泉内閣誕生(~現在)

    12月 皇太子ご夫妻に長女、愛子さま誕生

15年('03)5月 内閣官房、内閣法制局、宮内庁が共同で皇位継承制度改正を検討(~16年6月)
       ・官房長官:福田康夫(~16年5月)
       ・法制局長官:秋山收(~16年8月)
       ・宮内庁長官:湯浅利夫(~17年4月)

    12月 宮内庁の湯浅長官が秋篠宮家に「3人目のご出産を」と発言

16年('04)5月 政府が女性・女系天皇容認を打ち出した極秘文書をまとめる(今記事)
 ≪文書上の改正手順≫
 第一段階:政府部内の関係者による非公式の検討着手、16年3月末までにとりまとめ
 第二段階:有識者の懇談会立ち上げ正式検討開始
(→現実は16年12月に開始)
      中間報告
(→現実は17年7月に中間報告)
      それに対する世論を見ながら成案まとめ
(→現実は17年11月に成案)

    同月 皇太子さまが「雅子の人格を否定するような動きがあった」とご発言

    7月 内閣官房と宮内庁が公式検討に向けた準備をスタートさせる
       ・官房長官:細田博之(~17年10月)
       ・宮内庁長官:湯浅利夫(~17年4月)

   12月 皇室典範に関する有識者会議が発足

17年('05)1月 有識者会議が初会合

   7月 有識者会議が両論併記の中間報告

   11月 有識者会議が女性・女系天皇を認め、長子優先とする報告書を提出

18年('06)1月 秋篠宮ご夫妻が歌会始でそろってコウノトリのお歌を披露

   同月 小泉純一郎首相が施政方針演説で皇室典範改正案の提出を明言

   2月 宮内庁が紀子さまご懐妊の兆候と発表、政府が皇室典範改正案提出を断念

上記年表より平成9年の段階で「女系天皇」の検討が始まっていたことが分かる。その時点で既に方向性は決まっていたのだ。
その頃といえば「男女共同参画社会」推進に向けて政府内でも推進本部が設置(平成6年)され、平成12年には「男女共同参画社会基本法」が施行、それ以後は行政が一丸となってジェンダーフリー社会へまっしぐらであったことは周知の事実。

愛子さまご誕生前から「女系天皇」の議論があったということは、小泉首相が愛子さまかわいやで「皇室典範」改正を推進したかったのではないという証左でもあると思う。ま、「じゅんちゃんは勉強不足」の誹りは免れないとは思うけど。

上記のこの年表をじーーっと眺めると、ジェンダーフリーの偏った思想に侵食された非公式研究会の「女系天皇」容認方針、という正体がおぼろげに見えてくる気がする。

研究会は「世論の動性を見て改正」なんて言ってるけど、その肝心の「世論」は果たして「女系天皇」容認のまま推移するでせうか?私は

「甘い」

と思う。

ジェンダーフリー慎重論がジワジワと拡大している今、国民的議論になればなるほど研究会の頼りの「世論」は「女系天皇」消極論に移って行くと思う。なにせ研究会が根拠とした一昔前の「世論」はジェンダーフリー行け行けドンドンだったのだもの、当たり前っちゃ当たり前。

嗚呼、気まぐれな女心・・・いな、「世論」。

だから「世論」よりも「史実」の方を頼りにしていただきたいんですがね。。。

最後に産経の記事を保存しておく。

【2006.2.18 add】
◆『ぼやきくっくり』さん 「皇室典範~有識者会議はやはり追認機関でしかなかった」へTB
2003年の湯浅宮内庁長官(当時)の「第3子を」発言は、この非公式研究会の「女系天皇」容認への危機感だったとも考えられる、というくっくりさんの考察に納得できる。確かに、裏でこんな状況が進んでいれば「なんとか御子さまを・・・」と思うよね。

◆産経の「皇位継承制度のこれからのあり方について」(ネットソース無し)をテキスト化

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February 13, 2006

有識者会議 覚書その1

いや~日の丸飛行隊、残念!そして眠い。。。さて本題。

最近テレビで良く見かける所功京都産業大学教授の主張で『?』と思う事があった。

私が『?』と思った氏の主張とは、

古代日本の家族のあり方とは『母性尊重(産み育て)』であるウェークアップぷらす2月11日OA

という点。

思うに、『母性尊重』であればこそ懐妊および育児は尊重される社会であろう。ならば懐妊・育児の負担が更に重くなるような『女帝』は普通ならば極力避けるはず。「産み育て」を尊重するからこそ天皇と皇后で役割分担をし、過度な負担から女性を守ろうとするのが筋なのでは?

古代が『母性尊重』だから「女帝女系」もありとする氏の主張に納得できない。
そこで氏の有識者会議での主張を、寝不足の頭ではあるが熟読してみた。

氏の主張を要約。

8世紀初頭に完成した「大宝令」に「継嗣令」という篇目があり、これは「養老令」とほぼ同文。その冒頭に「およそ皇兄弟と皇子、皆、親王と為す」とあり、そこの注に「女帝の子も亦同じ」とある。

→つまり、天皇たり得るのは、男性を通常の本則としながらも、非常の補則として「女帝」の存在を容認していた。原注は中国の「唐令」には無く日本独自。これは母系血縁あるいは母性というものを尊重する日本古来の風土から生まれた。しかし「女帝は男帝と何ら変わるところのないものとして日本律令に規定されてきた」とまでみる説は言い過ぎ

→ただし「女系の子」とは女帝になられてからのお子ではなく、以前にお生まれにになった方のこと。いわゆる女系継承まで容認した、もしくは予想したものとは考え難い。しかも内親王が結婚できるのは4世以上の諸王、つまり皇族であり、前述「女帝の子」であっても男系継承は維持されることになっていた

よーーするに、、、
古代の日本は「女帝」を認めていた。しかし皇位は男子優先ではあった
古代の日本は「女系の子」にも皇位は一応は認めていた。しかし皇族の結婚相手は皇族しか認められていなかったので「女系の子」であっても結局は必ず「男系の子」になっていた

「古代日本はホントは女系だったんだ!」みたいな新説かと思ったら違うじゃんか。。。結局、古代日本も『男系男子優先』じゃんか。勘違いさせんなよなー。

ちなみに、氏の最終結論。

≪女系容認≫
側室制度と、皇后との養子縁組や宮家の養子継承も容認して、何とか男系継承を維持してきた、ということが古来の実情。それが戦後に両方とも禁止してしまった。そもそも女性の宮家創設も認められていない。こういった厳格な規制、そして晩婚少子化の社会情勢では男系男子の継承は不可能。

→皇室典範のあまりにも厳格な規制を緩和するしかない。
(案)女性宮家の創設を認める。養子も認める。
  ・宮家を増やし維持していけばいつの日か傍系の男性皇族が直系の女性皇族の結婚相手になる、または女性天皇や女性宮家に、旧宮家の男子孫が入婿される、という可能性も期待される
 ・旧宮家の方々及び明治以降に養子や結婚を機に臣籍降下をされた元皇族の現存者と、更にその3世辺りまでの御子孫は、皇統より分かれ出たことのハッキリした高貴な名族として、新しい「皇別」として、皇族に準ずる名誉と役割を認め、自覚して生活するのが望ましい。

≪女性天皇の容認≫
過去の女帝の前例もあるので容認すべき。
ただし懐妊・出産・育児という大変重要な役割があるうえ、更に責任の重い多様な天皇の任務をも果たされるということはあまりにも過酷

→実際上は男性皇族が率先して天皇の任務を引き受けられるようにするべき。

要するに

女系も女帝も有りにしといて、後は皇族のご判断で男子優先とか男系維持とか運用可能なようにしたら?

ってことだと思う。

そんなことだったら、最初から皇室典範を憲法から外してまずは皇族の運用にお任せし、その運用状況を後で国会承認するとかにしたほうが、よっぽどスッキリすると思うけどな。

【2006.2.16 add】
◆『びーちぇの別館』さん 「田中卓教授の論はおかしい。」へTB
田中某の論文を本屋で立ち読みし、なんだこりゃ?という違和感を憶えた。その田中氏についてのびーちぇさんの反論。田中氏の論文を載せた週刊誌はそれへの反論を続編として載せて欲しい。反論したい学者は多数居るはずだ。

【2006.2.24 add】
◆『びーちぇの別館』さん 「古代も男系社会ですよっ、所教授。」へTB
びーちぇさんの所氏への反論、実は心待ちにしておりました。古代の日本を研究しておられるびーちぇさんなら、絶対に所氏を論破するはず!そして論破してくれました♪

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February 12, 2006

今日は寝ないぞ!

今日は絶対に寝ないぞ!

スキージャンプ・ノーマルヒルの決勝を見終わるまでは!

うかつにも昨日は眠ってしまって原田選手や葛西選手のジャンプを見逃してしまった。

しかし今日は肝心の岡部選手の出陣。絶対見逃せないのだ。

さっきの『ジャンクスポーツ』で去年のO.Aも見たし、よっしゃーーー、気合はいった!

がんばれ 岡部!

それにしても原田選手は残念だった。

ころころとルールも変わるし、競技技術以外でも気にしなきゃいけないことが多くって、、、選手って大変だな。

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